チェコ建国までの歴史|何年成立?

中央ヨーロッパに位置し、プラハを首都にもつチェコ共和国は、9世紀頃、大モラビア帝国がチェコ・スロバキア両民族の統一国家として建国したことを起源としています。

 

神聖ローマ帝国体制下で、現代チェコの前身であるボヘミア王国が興り、中央ヨーロッパ最大の国家(領邦)として繁栄しました。

 

チェコ・スロバキアの成立

ナポレオン戦争で神聖ローマ帝国が滅ぼされると、ボヘミア王国はオーストリア帝国に併合されました。その後オーストリアは自国の影響力低下を危惧し、ハンガリーと合同し、1867年オーストリア=ハンガリー帝国が成立します。

 

この合同でオーストリア=ハンガリーは大いに栄えましたが、第一次世界大戦の勃発(1914-1918年)で崩壊してしまいます。宗主国が消滅したことで、1918年、チェコはスロバキアとともにチェコ・スロバキアとして独立を果たしたのです。

 

チェコスロバキア社会主義共和国の成立

しかし1939年の第二次世界大戦直前、ナチス・ドイツに併合され、チェコスロバキアは解体されてしまいます。ボヘミア・モラヴィア地方はドイツの保護領となりました。

 

終戦するとドイツ軍は撤退しましたが、今度はソ連の強い影響のもと、共産党一党独裁体制が確立され、1948年、チェコスロバキア社会主義共和国が成立しました。

 

チェコスロバキア連邦共和国の成立

1968年に共産主義体制の改革を進める「プラハの春」が起こると、民主化活動が活発化します。

 

ソ連の介入があり、民主派の弾圧が行なわれましたが、1989年には流血のない「ビロード革命」により共産党独裁体制が崩壊。1990年国名を改称し、「チェコスロバキア連邦共和国」が成立しました。

 

チェコ共和国の成立

チェコスロバキア連邦共和国成立後、1992年6月の総選挙で、チェコでは右派市民民主党のODSが、スロバキアではスロバキアの独立を志向する民主スロバキア運動のHZDSが、それぞれ第1党に躍進しました。

 

この結果、ODSとHZDSは連邦解体で合意することとなり、連邦議会において連邦解体法が可決。1993年1月1日より、チェコ共和国、スロバキア共和国という、別々の独立国として歩みを始めることになったのです。

 

なお、分離独立後の数年間は低失業率・安定したインフレ率のもとで順調な経済成長を示し、「チェコ経済の奇跡」と呼ばれましたが、その後の成長率は鈍化しています。

 

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